『自由くん』と『孤独ちゃん』

母を失って3年。母の命日からブログを書き始めて1年。独り身なので毎日自由だしラクちんですが非常に孤独です。お笑いばっか観に行って、仕事しては愚痴ばかり。母のことを思い出しては、未だにメソメソ。…さて、こんな私に家庭を持てる日は果たして来るのでしょうか?

志村けん氏の訃報を受けて

「もうこんな思いはしたくない」

母を失った時に思った。

でも私には父がいるので。

いつの日か父を看取る時にも、同じように思うんだろう…と思っていた。つまり、父を失うまで、そんな思いをするはずが無いと思っていた。

 

 

 

志村けんさんが亡くなった。

 

そのことを職場で同僚に聞いた時、自分でも信じられないぐらいの大声を上げてしまった。

 

COVID-19に感染したというニュースがあり、日本中が「志村がんばれ」というムードになった。一時は重篤だという報道もあったり、小康状態が続いているという報道もあった。

いずれにしても「肺炎」は「肺炎」であり、治らない病気だなんて私は思わなかった。そんなものに命を奪われるだなんて思わなかったし、少し経ったらまた元気な姿を見せてくれるだろうと。最悪なパターンなんてちょっとも想像しなかったし、「おじさんが少し入院する」…それぐらいの気持ちだった。

 

だから本当に信じられなかったし、ショックが大きかった。

 

 

以前にも書いたが、私は最愛の人を亡くしてから、人の死に対してそこまで落ち込むことが無かったし、ましてや芸能界の人なんて手が届かない遠くの存在で、「悲しい」という感情は、あったとしても〝壁の向こう側〟の感覚…だと。ある程度歳をとれば寿命だって近づくだろうし、「あぁ、あの人もそういう年齢か。悲しいけれど、人は必ず死ぬのだから仕方のないこと」…そんな風な感情となり、悲しみが大きく膨らむ前に何となく自分の中で噛み砕いて納得させていたような、、、そんな感じだった。

 

けれども今回、志村さんの訃報を聞いた時、私はとんでもないショックに襲われ、全身の力が抜け、表情が無くなり、動悸が激しくなって胸が苦しくなってずっと落ち着かなかった。呼吸もうまくできなくなった。

 

 

だって、

こないだまで、テレビ出てたじゃん、、、

 

そんなわけないよ、

そんなわけない。。。

 

 

 

ずーっと、こんな感じ。

 

 

だいたい、芸能界の人が亡くなる時って、ある程度年齢がいくと活動も減って、「最近あまり見ないなぁ」…って頃に訃報が飛び込んできたりするじゃない。

 

でも今回は違う。

 

こないだまで元気だったんだもん。

 

信じろ、というのが無理な話。

 

 

COVID-19に感染して、

こんなにすぐ、逝く?

 

そんなわけないよ。

 

 

冗談でしょ?

コントでしょ?

 

 

むかし流行った

志村けんって、死んだんだってよ?!」という

ただの、死亡説でしょ?

 

 

ねぇ

「俺は生きてるぞ!!!」

って、出てきてよ。

 

爆笑する準備はできてるからさ。

 

 

 

 

 

 

 

私、

 

身内以外でこんなに

人の死で泣いたの

初めてかもしれない。

 

ましてや芸能人で。

訃報に涙するなんて。

こんなこと、多分、初めて。

 

 

ショックで、ショックで、ショックで。

 

 

昼休みは、なんか、

同僚達がいるからずっと泣くのを堪えてたんだけど。

 

友人に、スピッツのライブが延期になった話をLINEしてたら、志村の話になって、それでもう鼻の奥がツーンとしてしまって、、、

 

涙堪えるのがホントに大変だった。。。

 

 

だけど

帰りの車の中。

1人で考えてたら…

 

泣けて泣けて、

止められなくなってしまった。

 

 

信じたくないよ。

 

なんで?

帰ってきてよ!

 

 

 

 

 

 

私と同世代の人たちは、多分、全員志村が好きだと思う。

 

物心ついた時には、志村の笑いがあった。

私が生まれた時から、志村はヒーローだった。

 

初めて触れた「お笑い」は、絶対ドリフだと思う。

 

親もドリフが好きだったから、

みんなで一緒に観た。

 

「20時には寝ろ!」

と、父から厳しく言われていたが

土曜の20時は『全員集合』を観ることが許されていた。

厳しい父も含めてみんなが笑顔になれる番組だった。

変顔、ズッコケ、変な声に変な歌…

テンドンの笑いに激しいツッコミ、、

かと思えば

時々見せるかっこいい姿。

全部・全部、好きだったし、

「お笑い」の原点はそこにあって、私は幼い頃にそれに触れられたおかげで、今も色んなお笑いを追いかけられているんだと思う。

ドリフあってこそ。志村さんあってこそ。

 

もちろん、ドリフから始まって

さんまさん、たけしさん、

ダウンタウンウッチャンナンチャンとんねるず

ボキャブラ電波少年

そうやって、好きなのは変化していったけど

ベースはあくまで「ドリフ」なんだ。

 

『加トケン』の〝探偵物語〟なんて、子供の私には分からないこともいっぱいあったのに、それでも笑えたし。

「おもしろビデオコーナー」の景品にファミコンがあったのを知ってからは、それに投稿して絶対ファミコンgetしてやる!!と燃えたこともあったり。

 

『だいじょうぶだぁ』や『バカ殿』には少しエッチなコントもあって、、、あれでエロを覚えたんだよ。多分。ドキドキしたなぁ。

いしのようこさんとやってた「ご、ご、五時?!」のコントなんて、小学生時代、どんだけ教室でやったことか。「しょうゆ、ラー油、アイラブユー」の仲直りのやつ、みんなでめちゃくちゃやったっけ。

 

ドリフ大爆笑』では、まだ子供だった私には柄本明さんとのコントはあまり理解できてなかったんだよなぁ。だけど、そーいうコントもあるからこそ大人にも人気があったんだと思う。ただただ子供向けにしてないってところね。

 

 

ずーーーっと、観てきた。

 

 

 

私が人生でたった1人

本当に好きだった男性とも

「志村」の話ばかりした。

 

2人で「シムラーだ!」って

あいーんポーズばっかりやって写真を撮った。

 

愛した人と好きな話をしてるあの時間が

どれだけ愛おしいものだったか。。。

 

 

私の人生に

「志村」は、欠かせない存在だったんだ。

 

こんなに泣くなんて異常かもって思ったけど

 

これだけ大きな存在なら

泣けて当然だ。

 

 

 

 

志村は私のことなんて知らないし

本当は遠い存在なのだけど

 

「芸人さん」を身近に感じたのはきっと志村が初めてで(『全員集合』には観覧客がいて、子供たちが「志村ー!」って声援を送っていたからだと思う)、そこから多分、普通に芸人さんを身近な存在として感じ続けているような気がする。おこがましいけど、そんなふうに芸人さんを近しい存在と感じられるからこそ、ずっとお笑いが好きなのかも、とも思う。

 

こういういい距離感だからこそ、芸人さんは人気があるんだとも思う。

 

そういうのを築き上げてきた人が、志村なんだと思う。

 

 

私だっていつか「志村魂」が観たかった。

じろうさんが羨ましい。

 

もう、叶わないんだ

 

私は志村さんのコントをナマで観られなかった。

悔しい。

 

70歳になっても

コントを続けてくれていたのに。

 

ずーっと当たり前に存在していたから

急にいなくなる…なんて、

そんな想像、しなかったよ。。

 

 

ドラマ出演の予定もあったし

聖火ランナーの予定もあったとのことで

 

志半ばで逝ってしまわれたのかと思うと

私は自分のことのように悔しいし悲しい。

もっともっと、やりたいことがあったはず。

 

 

 

茶さんもコメントしていたけど

ウイルスが憎い。

 

 

みんな

怒りや悲しみのやり場が無くて、矛先を中国に向けたりしているけど、、、

 

それは違う。

悪いのはCOVID-19であって中国じゃない。

 

 

そんなウイルスさえ無ければ

志村のコントはまだ観られたはずで

 

 

 

 

私も

 

ライブだってもっと行けてたし

誕生月だって楽しかったはずだし

 

本当に憎い。

私はウイルスに呪いをかけ続ける。

早く消えろ!!!

 

 

 

 

それと

 

もう、

 

こんな、大切な人を失いたくない

こんな思いをしたくないから

 

 

タバコやめて欲しい。

 

 

 

職場で新人が言ってたんだが

前の職場で志村に会ったことがあるんだと。

その時のヘビースモーカーっぷりを教えてくれた。

身体中がタバコ臭かった、と。

 

私の父も、多分本数は減ったけどタバコを吸う。

父の言い分としては

「好きなものも続けられないで長生きしたくない」

 

…それは分かるけど、、

 

 

少しでも、長く生きて欲しいから、

リスクは減らして欲しい。

 

推しにもタバコはやめて欲しいなぁ。

 

もう、悲しい思いをしたくないよ。

 

 

 

 

志村は日本中のたくさんの人を笑顔にしてきた。

だからその分だけ、悲しんでいる人がいる。

好きなことをやって、好きなように生きてきて、悔いのない人生だったかもしれないけど、、、

こんだけたくさんの人を悲しませるのは罪だよ😢

 

もうちょっと、身体に気をつかっても良かったんじゃないかなぁ。。

 

 

 

 

 

 

車の中で泣いて泣いて泣いて、

家に帰って父に「ただいま」と言うと

父が

「同級生が亡くなっちったよ、、、」と言った。

その瞬間また、号泣してしまった。

 

父と志村が同い年だというのも

自分の中で大きいのかもなぁ。

父も、『バカ殿』毎回観てたっけ。

家族みんな好きなんだよ。志村が。

 

毎週月曜日には『だいじょうぶだぁ』がやってて。

絶対観たかったのに、ふざけてた妹がガラスに手を突っ込んで手首を切ったから病院についていかなくちゃならなくなって。

私も妹もその日の『だいじょうぶだぁ』が観れなくて、めちゃくちゃ落ち込んだっけ。

 

みんなで、観てたんだよ。

 

 

大人になってからも。

鶴瓶・志村のあぶない交友録』の〝英語禁止ボウリング〟はいつも楽しみにしてた。

若いギャルからキスされてニヤニヤが止まらないおじさんが好きだった。エロを忘れてないおじさんが好きだった。

 

 

 

信じたくない。

やっぱり、信じられないよ。

 

いつまでだって

「ケンちゃんラーメン、新発売!」って言ってよ。

 

〝変なおじさん〟は志村だけでいいよ。

他に要らないんだから。

 

 

長さん、

なんで志村を追い返してくんなかったんだよ、、

まだ早いじゃん!

早すぎるじゃん!

 

 

 

 

 

なんだかずーっと落ち込んでしまって。

 

笑いたいのに

 

 

スピッツのライブは延期だし

ギースの単独は中止だし

 

この調子だと

 

 

4月の[モノクロ]開催も怪しいだろうなぁ。。

 

かが屋単独も中止かなぁ。。

 

 

 

何を楽しみに生きればいいんだろう。

とにかくCOVID-19だけはぶっ飛ばしたい!

 

 

 

ひとつだけ言えることは

 

 

私は

 

あの世でお母さんに会ったら

そのあと

お母さんと一緒にドリフを観る。

 

 

それを楽しみに生きる。

 

人生を全うして、あの世も楽しむ。

 

 

 

だから

成仏できない〝自殺〟だけは

絶対にしないんだ。

 

それだけは、決まってる。

 

 

 

 

 

 

(※志村世代のため、敬称略お許しください。)