『自由くん』と『孤独ちゃん』

自由と孤独は表裏一体

〝木曜日〟

母が言っていた。

「お母さん、木曜日が一番好きなの」

 

この歳になって、なんとなくそれが分かるような気がした。金曜日は、みんなが「明日から休みだー」って浮き足立っててざわついてて。でも木曜は、その前の静けさ。「明日働けば、休み」っていう…あとちょっとで頂上に着く喜び。

 

わかるよ。お母さん。

私も好きだなぁ。木曜日。

 

そんな、母が好きな木曜日、、、母はデイサービスを休みたがったような気がする。だから私も木曜に休みを取ることが多かった記憶。(母がデイを休むということは、介助をする人が必要だから私は休んでいた)

毎日が目まぐるしくてあんまり憶えてないけど。。。

 

デイサービスなんて、全然まだ行くような年齢じゃ無かったけどね、母は。

母の、そのまた母の世代ばかりで、そんな中にぶち込んで可哀想なことをしたと思ってる。だってまだ60歳だよ?あの時。今、生きてたってまだデイに行くような年齢じゃ無いよ…。

 

介護保険を使えるのは65歳からだけど、母は難病だったので若くても使えたのです。

 

病気になってから家で1人では居られなかったから、私が仕事の日はデイに行ってもらうしかなかった。

父や、妹は一切介護をやってくれなかったからね。

 

 

 

今日はね、

 

仕事だったんだけど、仕事のピークも落ち着いたし客もそんなに来ず電話もほぼ無くて、結構平和だったの。

平和だと、余裕がある分つい色々と考えてしまうよね。

 

今でも思う。

 

なんで、母が亡くなった日に必死で会社に何度も電話して当時のボスと直接話そうとしたのか。なんで、わざわざ途中になってる仕事の指示を誰かにしようとしたのか。。

 

亡くなった時に

普通に、会社で電話出た人に

「母が亡くなったのでしばらく休みます」

ってただ言って、もう母のことだけ考えて、ずっと母と寄り添っていれば良かった。

 

何度も電話したりせず、仕事なんて勝手にそっちでやってくれ、って言えば良かった。私なんてただの非常勤なのに、なんであんなに責任感もってやってたんだろう。私が仕事に行けないことで物凄いポカやったとしても、そんなん私の責任じゃ無いよね?そういう危機的状況にきちんと仕事を振れなかった当時のボスの所為だよね?私は怒られる筋合い無いよね?だって、もし私自身が死んでたとしたら、私はもう二度とその仕事はできないんだし、いつ誰に何が起きるか分からない…と想定してボスは動くべきよね?

 

なんで、バカ丁寧に「今、仕事の状況はこうなんで、あとはこうこうこうやってもらえますか?」と電話しようと思ったんだろう。

そんなだから「来た方が早いよ」って言われるんだよなぁ。

ま、その人のこと恨み過ぎて、もうその人はこの世に居ないですけど。

 

心の病気になって、診断書を提出して「明日から休めというドクター指示なんですが」って言った時もそうだ。

 

「急に明日からって言われてもねぇ…困るから出社して」

 

何故それに従ってしまったのか。

 

 

 

でも思うに、

DV受けてる女性の気持ちと似てるんかもな。

 

「全部、私が悪いんだから仕方ない」

 

っていう、それ。

 

 

 

色々と落ち着いた時に

「よくも仕事に穴開けてくれたな、どう責任とってくれるんだ」と怒られるのが怖くて怖くて怖くて、ただただ必死だったような気がする。それだけ、当時のボスには毎日色んな意味で追われていたんだ。鬼だ。ただの。

 

「介護があるから夜は仕事に出られない」

 

って言ったにも関わらず、凄い剣幕で「なんで?他に介護できる人いないの?こっちも大切な仕事なんだけど!」って言われて、泣く泣く出たことが何度もあった。結局、そうして〝やってしまっていた〟もんだから「できるんじゃん」って思われて、窮地に。。。

 

今、普通に考えると、どんだけ怒られようが「これの責任が全て私なわけないですよね。意味わかんないので辞めます」つって辞めちゃえば良かった。

「顧客全員に謝れ」って言われたとしても、「肉親が亡くなってるのによくそんなこと言えますね」って言えば良かったし、仮に謝罪の電話をかけたとしても「親が亡くなって仕事が出来ない状況だったというのに上司に謝れと言われて電話をしています」とか何とか言ってボスを追い込んでやれば良かった。

 

「急に明日からって言われても」とか言われたとしても、じゃあ、私が今日事故で死んだらどうすんの?って話。

私はもう死んだものと思ってもらって、まじでドクターの指示通り休んじゃえば良かった。

 

ホント、後悔ばかり。

 

私は私の思う通りにすれば良かった。

 

 

祖母が亡くなって、寝ずの番をしたいから有休を取りたいと言った時も、、、その時はボスじゃ無くて上司に「そんなの無理」と言われた。

 

あの時だって、無視して休めば良かった。

大切な大切な祖母なのに。

 

 

なんであの時それが出来なかったんだろう、、、って、ずーーーっと考えてた。考えたって、時は戻せないのにね。

 

でも今、恨みしかないから当時のボスから電話かかってきたりしてもすんごく他人行儀で対応するし、仮にもしソイツがまたボスとしてウチに戻ってきたとして、私、次はめっちゃ反抗すると思う。当時の恨みがすんごいから。

それで異動命令とか出たりしたら、まずは労働局行ってから辞めるわ。あすこはおかしい。と。

 

今だったらね、

こう言ってやる!あぁ言ってやる!って思うことがいっぱい出てくる。

あの時はただ怯えていて、小さくなっていただけ。

その結果、こんんんなに後悔に苦しんでる。

もう私、後悔したくない。

 

 

 

木曜日が一番好き、と言った母

 

もっと、母の好きな木曜日を一緒に楽しみたかった。

 

だけど母はもう帰ってこない。

 

 

 

 

だから私はもう後悔しないように生きたい。

 

 

 

 

 

でもあの時、耐えに耐えた結果、今があって、

今のボスが多少自由にさせてくれることで推しのライブに…行きたい時に行けている、という状況は素直に有り難く思っています。

あの時もし勢いで辞めていたら、またこういう状況では無かったかもしれないしね。

 

結局、全ては〝運命〟なんだとしたら。

ここに立っているのもまぁそれはそれ、だよね。

 

後悔はめちゃくちゃあるし

それは一生消えないけれどもね。

 

 

 

 

 

なんか、、、

 

 

 

「気持ちの悪いポエマー」って、

叩かれるブログかな、今日はw

 

 

 

ごめんね。

これも「私」です。

 

 

 

 

しにたいなー

しにたいなー

 

と思うけど

 

もちろん自殺はしないけれど

 

なんでこんなに、

もう生きてたくないんかな?って思ったらさ

 

生きる「目的」が無い

から、

なんだよね。

 

 

楽しみはそりゃあるよ?

推しがいるおかげで、今とても楽しいし、笑えるし、次のライブまではとにかく生きなきゃ❣️とも思う。

 

 

だけどふと日常に戻ってごらん?

推しは手が届かない人だもの。

私が推しに何かをしなくても、推しはみんなの推しだからみんなが居れば生きられるわけ。

それに

推しが直接私に何かしてくれるわけでもない。

養ってくれるわけでは無い。

 

だから

「目的」っていうのとはまた違うのよ。

 

 

 

もちろん、

仕事だって、私が絶対にそれをやらなきゃいけないわけでもないし、親友だって、私が居なくても生きていける。

これまで私と繋がっては、離れていった人も…みんな、別に、私とつき合わなくてもいいや、って思うから離れたんでしょう?

みんなの脳に私なんかいなくっても大丈夫なの。

 

 

私がゴハンを作らなくても家族は生きていけるし。

 

 

 

 

私がいなきゃダメなこと、

なんて、ひとつもないんだよね。

 

 

 

だからさー

 

なーんか

 

 

 

生きてても仕方ないよな〜

 

って。

 

 

 

そう思うからいつもしにたい気持ちになる。

 

 

 

 

唯一の味方は母親だけだったからなぁ。

いないのは、やっぱり、、、

大きいよなぁ。何年経っても。

 

いやそりゃ父親も私の味方ではあるけれど、、

 

 

異性の親は、ほら、また、違うじゃん…?

 

 

 

 

 

なんかね。

 

こーいう

「私なんて、居ても居なくてもいーんだよなぁ」

っていう気持ちを抱えながら、あと何年も何年も何年も何年も生きてくの、ちょっとしんどいな、と思った夜でした。

 

 

 

 

 

 

だからね。

 

義彦おづさんと肉丸、

そんな、荒んだ私の心を和ましてくれてありがとうね☺️

 

 

こういう時に笑顔にしてくれるのは

やっぱり推しだ。。。